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 東京に帰って二ヶ月。
 夏季休暇は終わり、いつもの日常が戻ってきた。
 中止となった調査については、詳細な部分は濁したままだが、事件に巻き込まれそうになったと話せば先輩も教授も理解をしてくれた。調査できた範囲だけでもまとめて、課題としては提出したが、その大本の資料は未だに緑間の自室にある。
 あれから、和成からの音信は全くないままだ。
 生きているのか、死んでいるのかも定かではない。連絡を取ろうにも、和成個人の連絡先などあるはずもなく、また顔役の男性の連絡先も知らず、和成の安否を思い無為に過ごす日々を送っていた。
 目を閉じると瞼の裏には、あの輝かしい笑顔が浮かぶ。またあの笑った顔を見たいと思えば思うほど、ぎゅうぎゅうと緑間の胸は締め付けられるのだった。


 その日は講義も、研究室でするべき作業もなく、緑間は家にいた。季節が変わり始め、やっとあのときの出来事を客観視できるようになった気がしていた。仕舞っていたファイルと写真を取り出し、思い返すように再度内容を読み込んでいく。自分でも良くできていると思うくらいに綺麗にまとめられた資料に、あの夏がフラッシュバックしてくるようだ。だが、それを懐かしいと思えるくらいには、現実的な体験のままではなく、思い出として整理され始めているのだと実感した。
 それらの資料の中に、デジタルカメラが一つ。データを出力することを忘れていたそれは、研究資料用ではなく、個人的な写真を取るためのものだった。

(そういえば、和成はこれを興味深そうに触っていたな)

 ふと思い立ち、保存されている画像を開く。
 するとそこには、見覚えのない写真ばかりが並んでいた。それらすべて和成が撮ったのだろう、緑間の姿が映し出されていた。どの写真にも心当たりなどなく、それもそのはず、緑間が背を向けていたり、真剣に何かを書き記している横顔だったり、と目線はカメラにない。
 和成にとって、自分はこう見えていたんだと思うと、それらの写真がとても愛おしくなり、目頭が熱くなっていく。
 そして、最後の方に一枚。これは撮った覚えのある写真があった。それは、緑間と一緒に写りたいとねだった和成のお願いで撮った自撮りの一枚。
 真面目な顔でレンズを凝視する緑間と、弾けるような笑顔の和成。
 久しぶりに見た和成の笑顔にどうしようもなく鼓動は高鳴る。
 会いたい、と天を仰ぐ緑間の頬には一筋、涙が伝っていた。
 その時だ。
 緑間の家のインターホンが鳴る。来客予定などなく、いつもであれば無視するのだが、妙な胸騒ぎがした。
 焦っていたのか、ドアスコープも覗かずに玄関を開けると、果たしてそこには。

「真ちゃん、ただいま!」

 緑間は力いっぱい、目の前の最愛を抱き締めた。



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