初期刀・加洲清光



 ある日突然、

『「歴史修正主義者」に対抗するため、審神者として武具の想いを引き出し、刀剣男士とともに歴史を守れ』

という指令が下された。なんでも、この時代に生きるものとして、過去を守らねばならないらしい。

 のだが、とても横暴すぎるのではないか、と思っている。確かに過去改変は重罪で誰かがその「歴史修正主義者」とやらと戦わなければ、下手したら私の存在は消えるだろう。しかし、なぜ希望者制にしなかった!私は審神者になりたいわけではなかった!!ただでさえ、見知らぬ人とコミュニケーションを取ることが苦手であるのに、さらに、時代も価値観も性別も違う人間でもないモノの管理をしなければならないとは、全く選んだ人は何を考えているのだろうか……。
 世間的には、審神者に選ばれることは名誉なことであり、身内に審神者がいるだけで優遇される。家族は大喜びで送り出してくれたが、数少ない友人は「ちゃんと食事を取ってね?」と心配された。
 そんなこんなで審神者になる当日、案内された屋敷はこの世のものではないと感じられた。優美で静かなそこは、どうやら現世と各時代の間に位置するらしい。

「新たな審神者さまですか?」

 声のする方へ目を向けると、そこには小さな狐がいた。

「私は案内役のこんのすけと申します。私は審神者さまのお仕事のサポートをする役目ですので、わからないことは何でも聞いてください。では、まずこの本丸の説明と刀剣男士について説明いたしましょう」

 こんのすけという狐に本丸を案内され説明を受けること小一時間。

「では、まずは比較的想いを引き出しやすいこちら、加州清光を鍛刀いたしましょう」

 資材を教えられた分量、教えられた方法で鍛刀する。すると刀を鍛刀したはずなのだが、その刀が姿形を変え、そこには1人の青年が立っていた。

「あー、あんたが今回の俺の主?俺、加州清光。扱いにくいけど、性能いいから。よろしく」

 目の前の青年は艶やかな黒髪を後ろで束ねており、着ている服も彼なりの美学があるのだろうか、見慣れないがセンスは良い。しかも、雰囲気も軽い。口元にはうっすらと笑みも浮かべている。

 はっきり言って一番苦手とするタイプだ。

 なぜこんな奴を初期刀にさせたのか、とこんのすけを見るも、

「どうでしょうか?彼は初期に鍛刀できる刀の中では性能はピカイチですよ?」

と自慢気に尻尾ををパタパタ振っている。
 どうやら文句を言っても仕方がないらしい。
 できることなら今すぐ逃げ帰りたいが、鍛刀した彼が「今回は女が主か」と見ているし、まず契約により帰れない。
 もう諦めて審神者になるしかないだろう。鍛刀した彼を野良にするわけにもいかないし。

「……よろしくお願いします」

 無精無精といったオーラを出しつつ、彼を見ると、なぜか目をそらされた。
 ああ、また失敗してしまった。もうちょっと愛想よくすればよかった。だが、彼だって目を逸らさなくてもいいじゃないか。これで、私の彼に対する心象は初回からマイナスに振り切ってしまった。しかし、戦うのは私ではないし、これまでの歴史に名を連ねた刀剣であるから、きっと強いだろう。関係など希薄なもので構わない。

「では、鍛刀できたことですから、まず、実戦に出てみましょう」
 こんのすけはそう言うと、時代の扉を開いた。

「初戦ですので、維新の記憶・函館に参りましょう」

 維新といえば、武家社会が崩れたあたりか。今から300年以上前の出来事。授業では勉強していたが、実感はわかない。
 戦場へ向かう道すがら、

「私は戦で死ぬことはあるんですか?」

重要な問題である。いくら国の命令だとしても、一番可愛いのは我が身だ。

「大丈夫でございます。審神者さまはその世に存在しているわけではありませんから、歴史修正主義者には狙われませんので、命を落とすことはありません」

 その言葉にほっとした。これで帰れる希望が出た。

「しかし、彼ら、刀剣男士は違います。敵に斬られれば怪我をし、怪我が酷ければ破壊されます。どうか、そのあたりをお忘れなきよう……」

 このとき、こんのすけが静かに言っていたこの言葉を、私はちゃんと聞いていなかった。


「こちらが今回の戦場でございます。では、私はここまでしか案内できませんので、あとは彼に」

と、こんのすけは消えてしまった。こんのすけは人型を取っていないということで、苦手に思わず話ができたのだが、こんのすけが消えた今、頼れるのは彼しかいない。

「俺は敵を倒してくるけど、あんたどうすんの?」

 彼はまるで遊びに行くような軽い口調で尋ねてきた。審神者としては近くで彼を見守るのが正しいのだろうが、生まれてこの方、互いに殺意を持って傷つけあう現場に遭遇したことが無いため、

「…こ、ここで、待っています」

 口から出てきた言葉は、彼をただ一人、戦場へ向かわせる言葉だった。

「そうか。行ってくる」

 そう言うと、彼は1人敵地に赴いた。
 この時、私はすぐに彼が帰ってくると疑いもせず、そう思っていた。

 所詮私は、物の溢れた豊かな時代に生まれ、望めば何もかも手に入る、そして怪我以外で傷つくこともなければエンターテイメント以外で人を傷つける場面を見ることもない人生を歩んできた。コミュ障であることも、他人に理解を求めていた代償なのかもしれない。
 そんな人間として生きることが退化した私だからこそ、審神者に任命されたのだろうか…。


 「行ってくる」

 と彼が言い残して、すでに1時間が経っていた。敵が攻めてくる様子もなければ、彼が帰ってくる様子もない。妙な胸騒ぎが心臓を大きく鳴らす。
 「わからないことは何でも聞いてください」と言っていたこの場にいないこんのすけに、役立たず、と文句が出てしまう。
 しかし、このまま彼を置いて帰るわけにも行かず、私は恐る恐る彼が走っていった方向へ歩を進めた。

 歩き始めて数分、木々が途切れ視界が広がる。
 おそらくこの場で何らかの衝突があったのだろう。ところどころ抉れた地面、そこに刻まれた刀傷が生々しい。
 命のやりとりがあったのだと実感させられる光景に、視界がわずかに揺れ、足が震えだす。いくら私自身に害がないとしても、命を奪う現場に恐怖を感じた。
 ここに彼は居るだろうか、と視線をあたりに巡らす。甲冑の破片や折れた刃が散らばる中に、わずかに動く黒い塊が見えた。
 その黒い塊に既視感を感じ、より近づいて既視感の正体を探ろうとした。
 黒い塊から一房の長い髪の毛が滑り落ちた。

 その瞬間、黒い塊が彼だということに気づいてしまった。

 慌てて横たわる彼に駆け寄ると、服は無残にも斬られており白い肌が見えてしまっている。顔にも幾筋か傷が入り、痛々しく血を流している。

「だ、大丈夫で」

「俺を見るなっ!」

 私に背を向けるように立ち上がろうとするその姿に思わず、

「どこが大丈夫なんですか!こんなに怪我して!」
怒鳴ってしまった。そのせいか、じわじわと涙が浮かんでくる。人前で泣くなんてみっともない、と拭っても拭っても、涙は止まらない。それに、彼が無事であることに安心したのか、腰が抜けてしまった。

「……あんたはこんな俺を見ても嫌わないの?」

 見上げると、刀を杖のように支えにして立つ彼が私を見ていた。

「こんなにボロボロで傷だらけになっても、見捨てず嫌わないでいてくれるの……?」
 弱々しく縋るように彼の口から紡ぎだされるその言葉。初めて見たときの印象と違い、今の彼から感じるのは悲哀だった。

「よく頑張って傷だらけになった人をどうして嫌わないといけないのですか?私は、こんな私の目的のために傷ついてしまったあなたを嫌う理由なんてありません」

「……そうか。ありがとう」

 ようやく笑みを浮かべた彼は、嬉しそうに目を細めた。

「では、本丸へ帰りましょう。こんのすけさんが何とかしてくれるはずですから」

 彼ら、刀剣男士とともに「歴史修正主義者」と戦うこと。戦いのない現代に生きた私にはまだ戦うことの恐ろしさが分からない。しかし、私たちのために代わりに戦ってくれる彼らのことを支えてあげたいと思った。
 ようやく、審神者になる決心がついたのだった。


「こんのすけさん!加州さんが怪我を!」

「では、手入れをしましょう」

 案内された先で手入れの仕方を教えてもらう。全てのことが初めてで、まごつく私を加州さんは文句も言わずただ待ってくれていた。

「……俺は綺麗でないと相手にされない」

 手入れをされながら寂しそうに笑いながら彼は言った。

「俺はもともと貧しいところで生まれたんだ。前の主は俺ともう一つ刀を持っていた。あいつも扱いづらかったけど、俺よりもいい生まれだった。やっぱり生まれが貧しいと綺麗になって気を引かないと相手にされないんだよな…」

 淡々と彼は独白を続ける。同情も批判もいらないとばかりに、私に口を挟む余裕を与えなかった。だが、彼の言葉は不思議と私の中に収まっていった。戦場で見た悲しみを纏った寂しげな雰囲気ではなく、コンプレックスを抱きながらもそれを克服しようする前を向いた姿に、口元に笑みが浮かぶ。

「…主、これからよろしくね」

 半人前にもならない未熟な私だけど、彼とはうまくやっていけそうな気がした。


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