共通点はないけれど



「やあ、奇遇だね」

 僕の声は聞こえているはずなのに、彼はチラリと視線を寄越しただけだった。
 だけど、そんな不躾な反応には慣れている。いや、今の彼にとってはこれが正解なのだと、限界なのだと知っている。
 だから、僕はこう返す。

「大倶利伽羅さん、奇遇だね」


共通点はないけれど




 大倶利伽羅はもう一度、今度は少し力強く睨むと、不機嫌そうに顔を背けて行ってしまった。
 素直じゃない。いや、器用じゃない。
 きっと今だって、もっと上手く対応できたはずだ、いっそのこと無視をすべきだった、と思っているだろうね。けれど、君はそのどちらもできないのを、僕は知っている。
 君と僕は、真反対だからこそ、背中合わせのように近い。

「大倶利伽羅のやつ、挨拶くらい返せよな」

 なあ?と同意を求めてきたのは、僕たちの主の初期刀、加州清光だ。そろそろ出陣なのだろう、耳飾りを付けながら口を尖らせている。
 そういえば、彼も戦装束をまとい、帯刀していた。

「今日、俺が隊長の部隊なんだよな」

 あーあ、さっさと終わらせよ。
 誰に向けたものでもない言葉は気怠げに聞こえるが、加州清光の紅い目は爛々と輝いている。汚れることは嫌いだが、戦うことが生きることの本分であり、そして何より、敬愛する主に隊長を任せてもらえるのが嬉しいのだろう。

「今日はどこに行くんだい?」

「厚樫山。俺と安定に、同田貫、獅子王さん、和泉守、とあとは……そうそう、大倶利伽羅」

 思わずその編成に主の意向が透けて見え、笑みが浮かびそうになる。

「随分、好戦的な組み合わせだね」

 そして、随分と大倶利伽羅が馴れ合うことのない組み合わせだ。

「ま、練度は俺が一番高いし、今日は和泉守と大倶利伽羅の成長を記録するためだから」

 よし、と加州清光は軽く屈伸すると、行ってくるね、とゲート前に向かった。
 誰よりも愛されたい、加州清光の承認欲求はこの本丸随一だ。だが、その相手は主であり、そして前の彼の使い手だけだ。生まれも育ちも生き様も、今でこそ語り継がれる美談であるが、当時は悪名高く褒められたものではない彼は、非常にドライだ。先程の大倶利伽羅をたしなめるような言葉も、本気で彼を嫌っているわけではなく、口を付いただけなのだろう。少なくとも、加州清光は大倶利伽羅を嫌うほど、彼に情を抱いていないことは確かだ。まあ、僕に対しても多少の情はあれど、大倶利伽羅と大差ないだろう。
 ゲートから消える彼らの気配を見送って、さて、今日の任務に移ろうか、と振り向いた時だ。
 視界が白一色で覆われた。この本丸内で白といえば二つしかない。そして、僕にこのようなことをすることができ、また白一色で覆われているが光が透けて見えるあたりから、

「山姥切くんの布をよく取れたね?」

 予想通り、山姥切国広の布を持つ鶴丸国永だった。

「驚いたか!」

「さあ、どうだろうね」

 この本丸の白が二つとも目の前にあることや、あの山姥切国広から布を取ったことは驚くに値するが、鶴丸国永の仕掛けたこれには、特段驚かない。

「まだ甘いか。主はこれで大層驚いてくれたんだがな」

 鶴丸国永は顕現されてまだ日が浅い。そんな信頼関係がいまいち築けていないような相手に視界を奪われたら、人の子である主は驚くだろう。それに、大層驚いた原因は、やはり山姥切国広の布だと思う。
 鶴丸国永は、適当に布をまとめながら、次は落とし穴と同時に仕掛けるのはどうだ!と嬉しそうに言ってきた。それを聞きながら、僕はこれから数日は足元に注意しようと誓った。

「お前、いつも表情が変わらないな」

 楽しそうに次の計画を練っていた鶴丸国永が、ふと真顔で言う。

「驚きがなければ、心が先に死んでしまう」

「……ご忠告、痛み入るよ」

 鶴丸国永は先程までの真顔が嘘であったかのように、嬉々とした笑みを浮かべ、「よし、歌仙に仕掛けてみるか!」と姿を消した。
 多くの人の手を渡り歩いてきた彼の目に、僕はどのように映ったのだろう。


 今日は稽古番だ。僕もそこそこ古参であるため任せられることが多い。道場を覗くと、出陣や畑番、馬番、料理番ではない刀剣男士がちらほらといた。
 その中で一際異彩を放つのが、道場の隅で蠢く白い何かだ。おおよその予想はついているが、この状態になった彼を元に戻すのは一苦労だ。だが、今日の稽古番のもう一人はこの白い蠢く彼である。

「山姥切くん、大丈夫かい?」

 呼びかけには応えないだろう、と思うが、一応声をかける。
 予想通り、おそらく頭がある部分がふるふると震えるが、声は聞こえない。

「鶴丸さんが返してくれればいいんだけどねぇ」

 思わず苦笑いをしてしまったその時だ。

「兄弟よ、取り返してきたぞ」

 肩に暴れる白い塊を担いだ山伏国広が現れた。

「おい!山伏!降ろせ!!」

「その願いは聞けぬなぁ!」

 カッカッカッ、と笑いながら、山伏国広は鶴丸国永が持っていた白い布を、山姥切国広である白い塊にふわりと掛けた。

「…すまない、兄弟」

 この布は魔法の布だ。いや、このような状態の山姥切国広を一瞬にして変えてしまう山伏国広が魔法使いか。先程までの人になりそこなったような塊が、途端に山姥切国広になり動き出す。
 もぞもぞと良いように布をまとい、

「青江もすまない、始めよう」

 ああ、いつもこの調子だと外見と見合うだろうに。


 昼前になると、出陣部隊が帰ってきた。その中に、加州清光率いる第一部隊の姿も見えた。
 あわよくば、と狙っているだろう収穫はなさそうだが、今回の編成の中では比較的練度の低い大倶利伽羅や和泉守兼定に目立った傷はない。どうやら、無事に終わったようだ。

「お帰り。昼食の準備ができてるよ」

 燭台切光忠が呼びかけると、一気に色めき立った。燭台切光忠はこの本丸の胃袋を掴んでおり、主自ら「裏のドン」と呼んでいるほど影響力がある。

「伽羅ちゃんもお疲れ」

「ああ」

 大倶利伽羅と燭台切光忠は旧知の仲だ。言葉は少ないが返事をするあたり、僕よりもずっと近い距離であることが感じられる。おそらく大倶利伽羅自身は気付いていないだろうけれど。

「光坊!今日の飯はなんだ!」

「……離せ」

 大倶利伽羅に背後から飛びついた鶴丸国永。彼も燭台切光忠や大倶利伽羅と旧知と聞く。顕現されてからの日数は短いが、心理的な距離はやはり近い。これも本人は気付いていないだろう。

「なんだか妬けるねぇ」

 本気で嫉妬するつもりはない。ただ、馴れ合いを嫌い、距離を置こうと努力する彼が、少し妬ましく思えてしまったのは事実だ。

「何かいいものでも焼けるのかい?」

「どうだろう、良いものではなさそうだよ」

 午前の近侍の仕事を終えた石切丸が顔を覗かせた。いつものことだが、勘違いをし、少し的の外れたことを想像している。

「燭台切さんが作るから大丈夫だと思うけど、お腹を壊したら怖いな」

「石切丸さんなら大丈夫じゃないかな」

 曖昧な笑みと共にそう返すと、そうかい?と表情を変え、石切丸さんは広間へ向かって行った。 
 君は御神刀だから、僕程度の邪な気持ちには影響されないだろう。
 だが、そもそも呪う気持ちも一切ないのだけれどね。
 ただ、努力して一人でいようとする彼が、少し羨ましいと思う気持ちが出てきてしまうだけだ。


 一日の日課を終え、薄い三日月が昇る夜がやってきた。
 夜戦組や遠征組以外は、基本的に自由時間となる。
 主に借りた本を返しに行く途中、夜目でもよく目立つ鶴丸国永があらゆる襖を開け、「おい!伽羅坊はどこにいる!」と、それは楽しそうに探していた。
 僕も大倶利伽羅の所在を聞かれたが、知らないことを伝えると、また別の部屋に向かって行った。まったく、嵐のようだ。だが、そのおかげか、鶴丸国永が来てから本丸に活気が満ちている。
 遠くから「おーい!伽羅坊ー!」と聞こえる。きっとその声を聴いて大倶利伽羅はさらに逃げるだろうに、鶴丸国永はそれをわかってわざと追い詰めているのだから性質が悪い。
 確かに、玩具のように遊んでくる鶴丸国永や、過保護にもほどがある燭台切光忠に四六時中構われるとなると、距離を置きたくなるとは思うし、僕は遠慮したい。
 だけど、持てる者と持たざる者では、手放す意味が違ってくる。大倶利伽羅は持てる者だ。気にかけてくれる仲間がいる。ところが僕はどうだろう。御神刀にも、霊刀にもなれないなりそこない。ただ石灯籠とともに女子供の幽霊を斬ったという逸話のためか、悠久の時をただ一人、腰に佩びて過ごしてきた。そんな僕は彼と比べると、持たざる者だろう。
 刀剣男士として顕現され、仲間という存在を手に入れた。それは同じ刀剣男士であり、そして人の子である主もそうだ。
 ないものねだりがようやく叶った。すると次は手に入れたそれらを手放しがたくなった。
 だからだろう。縁もゆかりもあるかつての仲間からわざと離れようとする彼を見ると、悔しい気持ちになる。
 僕が刀剣男士になってやっと手に入れた物を、いとも簡単に手放そうとする彼は、正反対、対極に存在するのだと感じる。
 けれど、僕は決して彼が嫌いではない。むしろ好意的にさえ思っている。正反対だからこそ羨み、対極にいるからこそ背中合わせだ。
 僕が大倶利伽羅のことをそのように思っているなど、この本丸で気付いているのはきっと主くらいだろう。だが、気付いていても何もしない。そう頼んだわけでもないが、なんとなく感じてくれ、余計な世話を焼かれないのは心地良い。
 刀剣男士の関係も含め、存外、僕はこの本丸を気に入っている。

 通り過ぎようとした物置から、かすかな気配を感じた。
 夜にこんな場所で息を潜めているのは、きっと彼くらいだろう。
 鶴丸国永に彼の居場所を教えるのもやぶさかではない。
 だが、僕は主に本を返さないといけないから、直接教えるのは無理そうだ。
 僕は筆を執り、彼に気付かれないように、

『大倶利伽羅在室中』

と、物置の扉にそっと貼った。

 大倶利伽羅が鶴丸国永に遊ばれるのは、そう遠くない未来の、また別のお話。





刀ミュのにっかり青江と大倶利伽羅をイメージしました。

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