俺はアンタのために



コートに響き渡るブザー音。
向かいのスタンドはその音と同時に、鼓膜が痛くなるほどの騒音が弾けた。

ああ、俺達は負けたんだ。

オレンジ色をした俺たち――秀徳は絶望と憤りを浮かべた視線を当てもなく泳がせていた。

俺達は強い。

それは驕りではなく、事実だとずっと俺は思っていた。少なくとも去年一年は。
だが、蓋を開けてみればどうだ。
三年生が引退し、俺達二年が部の中心メンバーとなって、試合に苦戦することが多くなったのではないか?
俺は人の強さを勝手に、自分の強さとして語っていただけだったのか?
本当は、一年のときからレギュラーの俺は、ただ驕っていただけだったのか?

「整列っ!」

審判がコートの真ん中でホイッスルを鳴らした。

そうだ、行かなければ。
俺は、俺が、俺だけでも。
チームを暗くするのが俺の役目じゃない。
本来俺は盛り上げ役だろ?
俺が落ち込んでてどうする。
動かす足が少し重く感じた。
「ボサってねえで行くぞ、うちのエース様」
「……分かっているのだよ」

俺は真ちゃんの背中を軽くたたき、先へ行った。
辛いのは分かる。なんせキセキの世代にしか負けたことねえもんな。
だけどよ、ここで挫けんな。
俺はそんな気持ちも込めて叩いた。

「両チーム、礼っ!」
「「ありがとうございました!!」」

相手校から湧き上がる歓声。
それと対照的な俺ら。
雰囲気暗く一年はベンチへ向かう。
ったく、こんぐらいで挫けんなっつーんだよ。
緑間も緑間で表情暗くさせてやがる。
今日は監督がいない試合だ。PGとして見てきたこと、苦言だがキャプテンの俺は言わなければならない。
だけどそれで司令塔の俺の力量不足を隠そうとしてないか?
わざと憎まれ役を買って出て、感傷に浸りたいだけかもしれない。

やっべ、ほんと俺って最低。

自らを嘲るような笑みが口元に溢れる。
でも言うしかない。
このまま負けたまんまじゃあ、元王者としての名が廃る。
ロッカールームへと下がり、俺が発言しようとしたときだった。

「何を落ち込んでいるのだ。負けたのは事実なのだよ。なぜ負けたのか、その原因を見つけてこい。以上、解散」

俺が何も言わないうちに、緑間は場の空気を締めた。まるでいつもやっているかのように。
そうだった。
コイツは帝光中時代は副部長だったっけ。

「まー、真ちゃんの言う通り、明日までに敗因を自分なりにでいいから見つけてくること。以上」

俺は努めて明るく、いつものちゃらけたテンションを保ちながら言った。
それに気づいてか気づかずか、一年はさっさと帰っていく。
ロッカールームには俺と真ちゃんの二人。さっきから真ちゃんは座ったまま顔をあげようとしない。
普通俺みたいに、テンションを繕えるほど器用な人間はそうそういないだろうし、ましてや真ちゃんは素直だ。いい意味でも悪い意味でも。
ほら、今だって表情を見なくても何を考えているのかぐらいは分かる。
きっと、

「「今日のおは朝のラッキーアイテムを壊してしまったからなのだよ」」

真ちゃんは目を見開いて俺を見た。
つーかこれぐらいで驚くなっつーの。

「かれこれ二年相棒やってんだから、これぐらい分かって当たり前っしょ。ていうか真ちゃん、ラッキーアイテムにこだわりすぎ」
「う、うるさいのだよ、高尾」
「はいはい」

俺はわかってるよ。
本当は、負けた原因が自分だと思ってんだろ?
今回は相手の圧倒的なポイントで負けたんじゃなく、俺らの得点不足で負けたんだから。
絶対的なシュートを誇る自分がいながら、得点不足で負ける事態は本来許されてはならない。
でもな、真ちゃん。
自分だけを責めんなよ。
バスケはチーム戦だ。みんなに原因がある。
だから、絶対自分のシュートへの誇りと自信を失うんじゃねえぞ。

「真ちゃん、まあそんなに落ち込むなって」
「落ち込んでなどないのだよ」
「目がマジになってる」

できるだけいつものテンションで。真ちゃんに気付かれないように俺は話しかける。だいたいこういう奴ってメンタル弱かったりするからなー、と勝手な持論を持ち出しながら。

「なあ、今日ぐらいは泣いてもいいんだぜ?」
「な、俺が泣くと言いたいのか!?これくらいでは泣かないのだよ!」
「ほーら、また強がっちゃって。うちのエース様?」

必死になってるこいつを見る限り、本当に敗因を自分のせいにしているらしい。
ったく、世話が焼けるっつーの。
機嫌の悪い真ちゃんを相手にするのはいささか気力がいるんでな。
時計を見ると、針は6時を指していた。そろそろ出ないとまずいか。

「なあ、真ちゃん。帰りどっか寄って」
「高尾。さっきお前が言ったこと、そのまま返させてもらうのだよ。今日ぐらいは泣いてもいいのだよ」
「・・・・・・は?真ちゃん?それマジで言ってんの?」
「お前の顔は、少なくともそう言っているのだよ」

……バレてやんの。
エース様にも心配されて、俺、立場ねえじゃん。

「泣かねえよ。つーか、落ち込んでねえし。俺が泣くとか笑えるねえ」

俺は笑った。声に出して、気になんかしてない風を装って。

「んじゃ、反省会ってことで、どっか寄って帰るか。一年の時みたいにお好み焼きとか。また誠凛がいたりして」
「・・・高尾」
「ん?なんだよ、真ちゃ」

俺は気づいてなかった。
ロッカーに向かって、ユニフォームからジャージに着替えていたから。
振り返った瞬間、俺は緑間の腕の中にいた。

「強がるな。強がらなくてもいいのだよ」

こいつはそう言うと、腕をきつく締めた。苦しいくらいに。
なんだよ、こんなことされたら、俺・・・・・・。

「な、泣かねえよ。期待しても無駄だからな」
「知っているのだよ」

緑間はそれだけ言うと、俺に体を預けるように腕を組み直した。
ったく、うちのエース様は突拍子もないことをしやがる。
こんなふうに励まされたら泣けるじゃないか!
俺が弱いみたいじゃないか。
俺は、励ます専門であって、励まされる専門じゃないんだよ。
なのに……。

「高尾。俺達の世代となって弱くなったと思っているのか?それは違う。決して弱くはなってはない。他が強くなったのだよ。キセキの力が分散したお陰で、他も勝つために強くなったのだ。驕っていた。ただそれだけのことなのだよ。俺もお前も、一年も」

わかってる。そうだ、こいつの言うとおりだ。
わかってるんだ。だけど、改めてそう言われると、悔しさが、後悔がこみ上げて、視界が揺れるじゃねえか。
こっちにはキセキの緑間がいるっつーのに。
力を存分に発揮させることすらできねーで。
なにが、強い、だ。
こみ上げる涙は既に抑えられなくて、自然に頬を流れていく。
俺はそんな泣き顔を見られまいと、必死に緑間のジャージを掴んだ。
そんな俺の背中をこいつは赤子をあやすように、ゆっくりと、ただゆっくりと叩くだけで。
いつか。
近いうちのいつか。
お前が最高に輝けるようなバスケができるように。
俺はやる。

そう、このとき誓った。





今から7年くらい前に書いた初めての高緑小説です。これが初めてのBLでした。

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